価格が変わることで、見える景色が変わった ダイナミックプライシングがもたらした「販売の前倒し」と「考える運営」

はじめに

ロアッソ熊本は、日本の熊本県熊本市をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグに加盟するプロサッカークラブです。同クラブでは、2022年にダイナミックプライシングのトライアル導入を実施。

その後、チケット販売環境や来場者構造の変化を踏まえ、2025年には再度トライアル導入を行いました。
今シーズンの運用結果を踏まえ、明治安田J2・J3百年構想リーグを対象に、次シーズンからの本格導入が決定しています。

本事例では、チケット担当者の方に、再トライアル導入に至った背景や運用を通じて見えてきた変化、さらにチケット販売やクラブ運営全体に与えた影響について、詳しくお話を伺いました。

 

「知ってはいたが、自分ごとではなかった」ダイナミックプライシング

Q.DPを導入することを決定した理由は何ですか?

ダイナミックプライシング(以下DP)という言葉自体は、Jリーグ他クラブの導入事例や、航空券・小売価格などを通じて以前から認識していました。ただし、クラブ運営の文脈で自分ごととして深く考えたことはなかったというのが正直なところです。

一方で、観客としてDP導入クラブの試合を実際に観戦する機会もあり、「価格が上がると話題にはなるが、下がるとあまり言及されない」といったファン・運営双方の難しさも感じていました。

「実験」から「制度としての見極め」へ

Q.過去トライアルを実施いただいておりましたが、再トライアル導入を決めた理由は何ですか?

過去、2022年にトライアル導入を行った際は、反応の確認や課題抽出が中心だったと前任者より聞いています。

一方、今回(2025年シーズン)の再トライアル導入では、単なる実験ではなく、「長期的に価格戦略として成立するのか」、「クラブの制度として定着させられるのか」を見極めるフェーズとして位置づけました。

前回のトライアル以降の数年間で、「入場者数構造の変化」、「試合データの蓄積」、「席種ごとの需要差の顕在化」といった環境変化がありました。
こうした状況を踏まえ、ダイナミックプライシングが改めてクラブにとって必要な取り組みなのかを考え直すため、今回の再トライアル導入に至りました。

不安と期待が同時にあった

Q.導入時の率直な心境をお聞かせください。

導入決定時には、

  • 本当に適正な価格になるのか
  • ファンからどんな反応が返ってくるのか
  • クラブのためになる結果が出るのか

といった不安は当然ありました。

一方で、DPによって何が起こるのかを自分の目で見られることへの期待感も大きく、「この機会を無駄にはできない」という覚悟を持って臨みました。

「売れた枚数」から「これから売れる需要」へ

Q.実際の運用で感じた変化はありましたか?

DP対象試合では、これまでとチケットの見方が大きく変わったと感じています。

導入前は、これまでに「何枚売れたか」を中心に実績を確認していましたが、
導入後は、DP社の需要予測やBIツールを確認することで、「これからどこが売れるのか」「どの席の需要が強いか」に目が向くようになりました。

また、席種ごとの価格変動を通じて、

  • 需要が強い席
  • 反応が鈍い席

が明確になり、「この席をどう売るか」「価格以外で何ができるか」と、この後どのようなことができるのかを考える機会が増えました。

購入の前倒しが起きた

Q.実際に販売することで券売の変化は起きましたか?

特に印象的だったのが、購入タイミングの変化です。

導入前は、試合直前(2日前〜前日)に売上が伸びる形でしたが、今回の導入試合では、販売初日から動きが大きく動くという変化がありました。

これにより、

  • 入場者数の予測精度向上
  • スタッフ配置・警備計画の最適化

といった運営面でのメリットも感じています。

結果として、より安全で安心なスタジアム運営につながる可能性を実感しました。

「買い控え」は特に感じなかった

Q.ファン、サポーターの皆様の反応はいかがでしたか。

導入前に懸念していた「価格変動による買い控え」については、実感としてほとんど感じていません。

SNS上では価格変動を追う投稿も見られましたが、

  • 価格が上がったから買わない
  • 変動がわかりにくくて購入しない

といった傾向は確認されませんでした。

実際には、多くの方が「買いたいタイミングで価格を見て購入する」という行動を取っていると感じています。

AI任せではなく「一緒に考える」価格戦略

Q.運用していく中で運用面での気づきはありましたか?

AIによる価格予測は非常に参考になる一方で、

  • 想定より高い/低い価格が出た際の不安
  • 人の判断で調整したい場面

もありました。

ただ、その際に柔軟に価格戦略を組み直せること自体がDPの強みだと感じています。

「AIに任せきり」ではなく、自分たちで考える運営を促してくれた点は非常に大きな価値でした。

需要が弱い試合にも、可能性を広げる

Q.明治安田J2・J3百年構想リーグでの導入を決めた理由はどこにありましたか?

来シーズンに向けてDP継続を決めた理由は明確です。

  • 重要試合では収益最大化が見込める
  • 需要が弱い試合でも、値下げの価格変動が起きることで来場を促せる

来場者数が増えれば、

  • スタジアムの雰囲気向上
  • 新規ファン獲得のきっかけ

にもつながると考えています。

満席になりにくいクラブでも、DPは有効な武器になり得るそれが今回のトライアルを通じて得た確信です。

導入を検討するクラブへのメッセージ

Q.これからDPの導入を検討するクラブ様に向けてメッセージをいただけますでしょうか。

DPを導入することで、「ファン、サポーター皆様から反発が起きるのではないか」とか、「本当に収益が伸びるのか」とか、そういった不安を感じるクラブさんは多いと思います。

満席になる試合が少ないから、「DPを使ってもあまり効果がないのでは」と思われる方もいるかもしれません。

ただ、私たちのホームスタジアムは収容人数が3万人を超える大きなスタジアムですが、平均入場者数は6,000人台で、1万人を超える試合は本当に限られています。

それでも、私たちはDPが大きな効果をもたらすと感じています。

特に重要試合だけでなく、来場者数が伸び悩みがちな試合においても、価格を調整することで来場を促すことができ、結果としてチケット収益の底上げにつながる可能性があります。

来場者が増えればスタジアムの雰囲気も良くなりますし、その体験を通じて、よりファンになってもらえる可能性も広がります。

また、購入タイミングや対戦相手、日程によって「今回はこの席で観てみよう」といったファン、サポーターの皆様の選択肢が生まれることも、DPならではの価値だと感じています。

クラブごとに需要の構造は異なるので、他クラブの成功事例がそのまま当てはまるとは限りません。だからこそまずは、自分たちのクラブの価格感度や席種ごとの需要差を把握することが大切だと思います。

もし導入を迷われているクラブがあれば、まずは弊クラブのようにトライアルから始めてみるのが良いのではないでしょうか。

小さく始めることで、運用面の課題も見えやすくなりますし、ファン、サポーターの皆さまへの影響も最小限に抑えられると思います。

まとめ

本クラブでは、ダイナミックプライシングのトライアル導入を通じて、チケット販売における価格運用の高度化と、需要に応じた柔軟な販売戦略の検証を行ってきました。

その結果、重要試合における収益確保だけでなく、需要が伸び悩みやすい試合においても価格調整による来場促進が見られるなど、チケット販売の可能性を広げる手応えを得ています。

また、販売動向の可視化により、購入タイミングの早期化や需要構造への理解が進み、入場者数予測やスタジアム運営を含めたクラブ運営全体を見直すきっかけにもつながりました。

今後もクラブごとの特性に寄り添いながら、スポーツを通じた持続的な収益モデルの構築と、ファンの皆さまにとって納得感のある観戦体験の創出に貢献してまいります。

\サービスの具体的な機能や費用など、お気軽にお問い合わせください!/

上部へスクロール